今朝は箴言9章を読みました。その中でふと感じ、また考えさせられたことです。
知恵と愚かな女の両者が、人々に向かって自分の所に来るように招いています(箴言9章4、10節)。どちらも「わきまえのない者」(箴言9章4、10節)に語りかけていますが、愚かな女はそれに加えて「まっすぐに歩いて行く往来の人」(箴言9章15節)にも声をかけています。その中には知恵を学び始めた人もいることでしょう。知恵と呼ばれる人もいるでしょう。あらゆる人が誘惑を受けているのが、この世界の現実です。
知恵と愚かな女の両者が招きの真ん中に、知恵ある者への勧めのことばが置かれています(箴言9章7~12節)。知恵ある者にこそしっかりした訓練を与えなさいと(箴言9章8節)。彼らにこそ知恵と教訓を与えなさい、教えなさいと(箴言9章9節)と語られます。その一方で、「あざける者」と呼ばれる人々、訓戒を聞こうとしない人々、忠告する者を憎む人々には、訓練など与えなくてもよいと箴言は断言します(箴言9章7~8節)。
知恵ある者だからこそ、学び続ける必要があります。知者、すなわち主を恐れ、聖なる者を知る人(箴言9章10節)は、責められ、戒められたとしても、それを喜んで受け、自らの知恵の成長に用いることができるはずです。日々学び続ける時、どんな誘惑が襲ってきても、それに打ち勝つことができるのです。
知恵が完成することはありません。絶えず成長します。終着点はありません。もう学ぶことなどないと思った瞬快に、愚か者になる危険性、誘惑に負ける危険性が発生します。教えられ続け、訓練され続け、学び続ける者は、成長します。
今朝の祈り
みことばをもって私たちを教え、戒め、導く神よ。いつもあなたの知恵を学び続ける者としてください。
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