福音伝道教団

葛西福音キリスト教会

礼拝聖書のお話し

2022年11月27日(日) 第1アドベント礼拝


葛西説教20221127①アドベント第一週日曜日

1.テキスト「ヨハネ13:1-15

2.タイトル「洗足にある愛」

3.中心聖句「ヨハネ13:14

「あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。」

4.本文「洗足にある愛」

 序)「ヨハネだけが記す記事」

 本日はアドベント第一週の日曜日です。ですからクリスマスを前に、愛についてイエス様の教えに耳を傾けましょう。そして、イエス様が私たちに求めておられる愛について教えられ、神様の愛の象徴とも言えるクリスマスを迎える準備をしましょう。

 この本日の聖書箇所は、共観福音書にはなく、ヨハネだけが記す記事です。この前の章でイエスの公的な宣教は終わり、本日の個所から17章までは、主が愛される弟子たちだけとの最後のひと時です。神学者のバックストンは、主イエス様は13章において行いによって、14章より16章までにおいて言葉によって、17章において祈りによって弟子たちを教えられたという。

 

.「弟子の足を洗われるイエス様」

 それはイエス様が明日は十字架にかかられるという前日の夕方のことでした。イエス様と十二人の弟子たちはエルサレムにある家の二階に集まっていました。最後の夕食を食べられるためでした。

 私たちは食事の時には手を洗っていただきますが、ユダヤの国では足を洗ってから食べるという習慣がありました。みんなサンダルを履き、土ぼこりの中を歩くので、すぐに汚れてしまいます。ですから、その家に仕えるしもべたちが、家の主人やお客さんやの足を洗うのです。

 ところが、この日はイエス様が突然立ち上がられました。上着を脱ぎ、タオルを腰に巻かれたイエス様は、バケツに水を入れて、弟子たちひとり一人の足を洗い始められたのです。当然、弟子たちはびっくりしました。イエス様はあれよあれよという間に、弟子たちの足を洗われ、弟子たちのリーダー格、ペテロさんの番になりました。

 

.「拒否するペテロさん」

 ペテロさんは自分の前にしゃがまれたイエス様に言いました。「主よ。あなたが、私の足を洗ってくださるのですか。」と。するとイエス様が「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります。」と言われました。

 それでもペテロさんは「決して私の足をお洗いにならないでください。」とお断りしたのです。するとイエス様は言われました。「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません。」と。そう言われて困ってしまったのはペテロさんです。あわててイエス様に「主よ。私の足だけでなく、手も頭も洗ってください。」と言いました。彼は、愛するイエス様と無関係になってしまっては大変だと思ったのでした。でもイエス様は足だけで十分だと言われました。

 十二人の弟子たちの足を洗われたイエス様は、上着を着てもう一度、席に戻られてこのように言われました。「私がなぜ、あなたがたにこのようにしたのかわかりますか。主であり、あなたがたの先生である私が、弟子であるあなたがたの足を洗ったのは、あなたがたも互いに足を洗い合うようになるためです。私はその手本を示したのです。」と。

 

.「では私たちはどうすべきか」

 イエス様はなぜ弟子たちの足を洗われたのでしょうか。それは、イエス様が弟子たちを深く愛しておられたからです

 弟子たちの中には、これからご自分を裏切ろうとするイスカリオテのユダがいました。また、その翌日にはイエス様のことを三度も言ってしまったペテロさんもいました。他の弟子たちもイエス様を見捨てて逃げることも、すべてイエス様は知っておられました。それでもイエス様は最後まで愛しとおされ、弟子たちの足を洗われたのです。なんと素晴らしいイエス様の愛ではないでしょうか。

 そして、イエス様が足を洗われたのは、お互いにそうするようにお手本を示されるためでした。私たちがお互いに愛し合い、仕え合うように模範を示してくださったのです。

 

勧め)「洗足にある愛」

 

 神の子イエス様が、神としての栄光をお捨てになられ、人となってこの世に来られました。しかも十字架にかかられて命を捨ててくださいました。この十字架のイエス様こそ、愛とへりくだりの最大のお手本なのです。イエス様にならい、私たちもお互いに愛し合い、へりくだるものにさせていただきましょう。