福音伝道教団

葛西福音キリスト教会

礼拝聖書のお話し

2023年4月30日礼拝メッセージ

「神の臨在と召命」

葛西説教20230430

1.テキスト「出エジプト3:1-12

2.タイトル「神の臨在と召命」

3.中心聖句「出エジプト3:10

「今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。

わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」

4.本文「神の臨在と召命」

 序)「臨在と召命の関係」

 ミデヤンの荒野で40年間、羊飼いの仕事を通して神の教育を受けたモーセを、神はいよいよご自身の働きに召し出そうとされます。そして神とアブラハムの契約、カナンの地に導かれます。そのことを実現するために、神はご自身をモーセに現された。預言者イザヤがそうであったように、神からの召命は神の臨在とともに始まり、ともに進むとき、神の栄光を見させていただけるのです。それは罪からの救いにおいても、宣教においても同じです。そうです。神の臨在の恵みの中で救いの召命、宣教の召命は働き進むのです。そのことをモーセの生涯から教えられましょう。

 

本論)「神の臨在し召命」

Ⅰ「ストーリー」

 40歳からミデヤンで羊飼いをしていたモーセは、80歳になりました。いつものように羊の群れを連れてシナイ山の方に行ったとき、不思議なことを発見しました。柴が赤々と燃え続け、一向に燃え尽きそうもないのです。モーセは、不思議に思い、近づいて何が起こっているのか確かめようとしました。すると、神が柴の中から、「モーセ、モーセ」と呼ばれました。モーセは驚いて「はい、ここにいます」と答えました。すると、神は「ここに近づいてはいけない。足からクツを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」と言われるのです。その理由の一つは、神がおられるきよいところということと。もう一つは、神にすべての権利を委ねるということです。それでクツを脱ぎなさいと言われたのです。モーセはすぐ従い、クツを脱ぎました。

 続いて神は、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と言われました。モーセは小さいときから聞いていた偉大な神だと知り、神の顔を見ることを恐れ、顔を隠します。そこで神は、エジプトで奴隷となっているイスラエルの人々の苦しみを見、その叫びを聞いたと言われました。だから、これからイスラエルの民をエジプトから救い出し、約束の地カナンに導くため、モーセをリーダーとして選んだと言われたのです。モーセは「私はいったい何者なのでしょう」と言って、自分の無力なことを訴えました。しかし、神は、「わたしは、必ずあなたとともにいる」と約束され、モーセが自分の力で救うのではなく、神が救われることを教えられたのです。

 モーセは、自分が神に選ばれた証拠として、神の名前を聞きました。すると神は「わたしは、有って有る者」だと言われ、全てのものを造り、今も昔もこれからも変わらない神であることを教えられました。少しかみ砕いて言うと、神はイスラエルの神です。痛みを知り、救う神です。有って有る存在の根本なるお方です。その神がともにいるから、モーセにはできなくても、神がモーセを用いてイスラエルを救われるのです。

 モーセがまだ気後れしていると、杖を蛇に変えたり、手を重い皮膚病にして再び癒して見せたり、このようなしるしが伴うことを教えられました。それでもなお、モーセがしゃべるのが下手だと言うと、神が必ず言葉を下さると言われ、それでもまだ他の人に代えてくださいと言うと、兄のアロンにモーセの口のかわりをさせると言われました。

 

Ⅱ「ここで教えられる真理」

 自分の力では人を救うことはできないと、神に下駄をあずけることが大切です。そしてどんな時も、神には何でもできることを信じることが大切です。自分にはできないけれども、神にはできるから、神に委ね、導きに従っていくところに神の栄光を見させられるのです。

 

Ⅲ「あなたはどうしますか」

 まず、イエスの十字架を信じ、罪から救われましょう。それが全てのスタートです。そして教会生活において礼拝と奉仕に励みましょう。突然のお祈り奉仕、伝道活動にも自分にはできないと思うことはありません。神の御用をする時、神が必ずともにいて助けてくださり、それを行うことのできる力と知恵を必ずくださいます。だから、チャレンジしましょう。

 

勧め「神の臨在と召命」

 たとい、自分は弱く力がないと思えても、神が選ばれたなら、神が助けてくださるから大丈夫です。私たちが弱くても、力ある神がともにいて、力を現わしてくださるのです。柴が燃えてしまったら、灰になってそれで終わりです。しかし、神がエネルギーを与えてくださったなら、燃え尽きずに燃え続けることができます。自分の力で救うのではなく、自分の力で奉仕や宣教するのではなく、神に委ね、神に働いていただきましょう。